2016年12月3日土曜日

【映画感想】この世界の片隅に


■なんだかやたら回りで評判が良い。
それも作家さんからの評判がもはや異常なほど良い。
うーんでもあれでしょ?
細やかな描写とか情緒的な心理描写が巧いっていう
あの感じなんでしょ?
とまぁあまり期待せずに行ったのだが。



■冒頭の5分くらいで泣いてしまった。
なんのことはない、なにも物語は始まってないシーンで
嬉しくなってしまった。
日常なのだ。
ものすごく精密に日常がかかれている。
逆に言えば全然ドラマチックじゃない。
当たり前だ、日常はドラマチックではないのだもの。

■そこからもいろんなところで
「映画なら、ドラマなら、こうなるはず」
と思ったところがことごとく
「そうじゃなかった」
そして良く考えてみれば映画やドラマのように
「そうなる」のがおかしいのだ。
そうなって欲しいというのは観客の希望だ。
現実には起こっていないことを起こって欲しいという希望で、
それは現実じゃないのだ。



■この映画はただただ現実を描き続ける。
現実というと重く辛く苦しい、
なんて思うかもしれないが
それこそがドラマに取り憑かれているダメな考え方だ。
人生は2時間の映画じゃないのだ。
何十年も粛々と続いている、
それがずっとずーーっと辛く苦しいはずはない。

■なのでこの映画、戦前から戦後までを描くのだけど
とても楽しいシーンが多い
こちらもつられて笑ってしまうような場面があってニッコリする。
いろいろあるけどまぁ良かったよね。
そんな想いがゆたゆたと、たゆたう。


■主人公のすずさんはおっとりふわふわした性格なのだけど、
よくある漫画的のんびりキャラとは違っていた。
終戦を知らせる天皇陛下の玉音放送を聞いて
家族の皆は
「話長かったね」
「結局負けたってこと?」
「やっと終わった〜」
的なことを話す中
すずさんだけが声を荒げて怒る。

「あんたらは何が何でも勝つって言うたがろうが!」

■そういえばそうだ。
このシーンでは
ホッとする者や
悲しむ者の姿を想像してしまいがちだけど、
怒ってしかるべきなんだよな。

でなければ、
彼らが命をとしてやってきたことが全て無駄になるということだもの。
それをあっさり負けたってどういうことだよ!
むしろ怒るべきだ。
でも観客の私達はそんなことをすっかり忘れていた。
戦争に対して怒る人は多いけれども
戦争に何も成果がなかった、ということに対して怒る人は少ない。
しかしそこからこそ戦争はギャンブルで必要のないものだ、という結論に届く。



■なんか不思議なのだ。
私達が映画やドラマで見ている世界は極端なのだ。
極端な性格の人達が極端な事件に巻き込まれて
極端な幸不幸を味合う。
濃い味付けの物語。
2時間でパッと気持ちよくなるにはそうした方がよい。
だけど、そうなるほどに現実とは離れてゆく。

■「この世界の片隅に」は現実よりも現実な感じがしてしまった。
すずさんが体験した数十年をその目でその手で足で体験してしまった感じだ。

あぁ、なんかとんでもないものを観てしまったぞ!
どうしてくれよう、どうしてくれよう!
いや、ほんとう。
ありがとうございました!



■そういえば、原作は読んでないのでアレですが
あるべき大きなエピソードがひとつカットされてますよね。
最後まで来て、あぁ、そうか、たぶんそうなのだろう。
と分かるのだけど描かれてはいない。
最後唐突に別の子供が出て来て
あぁ、そうか。そうだったのだな。
と分かる。

■あと、途中妖怪の様な物の怪のような人が出てくるのだけど
それはぼんやりしたすずさんが見た幻影なのかな?
って感じで描かれている。
だけど妖怪などはいなくて、
だがしかし彼らは本当に存在した。
ってところがうなるよねー。
ニヤニヤしちゃう!
あぁ、なんて世界は素晴らしい!

■そんでエンドロールで右手がひらひらとさよならをするのズルイ!^^

上映館は割と少なめなので調べてから行くとよいよ!




2016年12月1日木曜日

説明力知性


■なんでしたっけ有名な言葉でこういうのありましたよね。

「むずかしいことをやさしく、
 やさしいことをふかく、
 ふかいことをおもしろく、
 おもしろいことをまじめに、
 まじめなことをゆかいに、
 そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

作家、井上ひさしさんの言葉だそうです。

■なんというか最終的に説明の巧い人の話を聞いていると
面白くって愉快にな気持ちになるのですよね。
そして内容も分かりやすい。

逆に説明が下手でこちらが理解出来ないとすぐ怒る人は
いっしょにいると不愉快で嫌な気持ちになるのですよね。
そしてその内容はさっぱり理解出来ない。

■子供に勉強を教えたことのある親御さんは分かると思いますが
小学生には余裕を持って教えられるのに
中学生くらいから余裕がなくなってきて
しだいにその子供の質問にイラダチを感じるようになった。
なんて経験してるんじゃないでしょうか?
その原因は簡単で中学の勉強の内容を理解出来ていないからですよね。
中学生と知性の差がないので怒ってしまうのです。

それならばちゃんと勉強し直せばいいのですが
「私は大人だ!そしてオマエは子供だ!」
なんていう薄っぺらいプライド、根拠の無い序列を持ち出して来て。
成長せずに「賢い大人」の地位に居座りたい。
なんていう怠惰であり、かつ見栄っ張りなダメ人間の成せるわざなんですよね。

怒りは同程度の知性間でしか発生しないのです。
まぁ、例外的に実際に会ったことのない人
テレビで見ただけの人に怒るなんてときは
あなたの方が一方的に知性が低いって場合がありえます。

本当に賢い人はめったなことでは怒らないのですよ。
なぜなら普通の民衆のことを犬程度だと思っているからです。
犬に怒る人はいません。
犬に分かるように根気強く説明してくれます。
あなたが子犬を見るときの慈しみの目のように、
優しい目で見てくれています。

■犬程度の知性と思われるがムカつくのならば、
その人と同じくらい賢くなればよいんですよ。
そうすれば同レベルの人間として
生産性のある楽しいケンカが出来ることでしょう。

そう、怒っている暇などないぜ。



2016年11月30日水曜日

【漫画感想】「バカ姉弟」安達哲



新刊だったのでビックリした。
月間ヤングマガジンで連載してたようだ。
10年ぶりなんだそうだ。
前回までのは全5巻出てるよ。
とても好き。
というかガッツリ好き。
こんな漫画が描けたら良いなぁとうっとり憧れてしまうほどに。



姉と弟の双子の
5歳くらいの
ご姉弟の
なにげない日常を切り取った漫画。

それが嬉しくって幸せで楽しいのだ。



お二人はなかなか優秀な子達で
今は両親が忙しく二人だけでずっと暮らしている。
でも、まわりの大人たちが何かと世話をしてくれるのだ。

世話をすると言っても
「してあげてる」じゃなくて
「お世話したい!」と熱烈に思ってしまうほど
お二人はカワイイ。

そのカワイイも可愛らしくてカワイイじゃなく。
かと言って子供らしくてカワイイってわけでもない。

それは例えるのが難しいのだが
あえて言うのならば
「仏様のようにカワイイ」
なのだ。



すっごく親しみ易い尊さがそこにある。
よく子供は仏性そのものだ、みたいな話があるが。
そんな感じだ。
みんながみんな、お二人をかまってしまいたくなる。

そして回りにいる人達もとても魅力的な人達なのだ。
とても良い世界がお二人の回りに広がっている。
回りの人がいるからそうなのか
お二人がいるからそうなのか



それはともかく
心がゆったりまあるくなるので
ほてほてと読むが良いよ。

この世は捨てたもんじゃ無ぇですよ。






2016年11月29日火曜日

【漫画感想】「レイリ」作:岩明均 画:室井大資

■「寄生獣」の岩明均と「秋津」の室井大資がコンビを組んだ漫画だと突然知ったら
単行本が1,2巻同時発売だった。
この時点までまったく知らなかったし知れなかったのどうかと思うが。
なにやら漫画家さんやクリエイターの方々が色めきだってオススメしているので
イキオイに押されてついつい買ってしまった。



■そして読んだ。
ちょっとずつ読むつもりだったのだけど
2巻まで一気に読んでしまった。
そしてもう続きが読みたい!

■日本の戦国時代
農民の娘レイリ。
戦場帰りの武士の手柄首代わりとして
家族を殺される。
天涯孤独の身となったが
ふとしたことから、
とある武家に身請けされ、
なんとかすこやかに育つ。



しかし、あまり健やかではなかった。
カラッと明るい女の子なのだが
ひとたび剣を取るとめっぽう強い。
その猛々しさは、もはや狂気を含んでいる。

そして主人に向かって言うのだ。
私を使ってください。
あなたのために私を利用してください。
ならば私はあなたの敵を何人も何十人でも殺します。
そして役目を終えれば死にます。
だから、私を、使ってください!

真っすぐな目でそう言うのだ。

そしてその国で戦争が始まり。
奇妙な縁でレイリはその中心へと引き込まれてゆくのだ!



■なーんて感じで
下っ腹をドスンと殴られ続けるような
じわじわとした凄みが滲み、広がっていきますよ。
出てくる人達もとても魅力的な人間でたまりませぬ。
真っすぐで強大な力を持つ人達がひしめく中、
人間としては小童なレイリの直進力が見物です。



楽しみ楽しみ!





2016年11月28日月曜日

【漫画感想】「ヨルとネル」施川ユウキ


ヨルとネル、小さな小人の男の子二人が旅をするロードムービー的漫画。

小人、10センチくらいの大きさの本当の小人なのだ。
元は普通の小学生だったようだが、
何かの実験でそうなったらしい。
二人は科学研究所から逃げ出したモルモットなのだ。



逃げて隠れて、あてどなく進む。
普通の町中のすみっこを彼らは歩いてゆく。

小人らしくその小さな体で感じる
いろんなことを体験してゆく。

などといいつつ
基本ギャグ漫画なので
小人あるあるが始まる。
そして小さいからこそ発見することもある。
それはささいなどうでもいいことかもしれないが、
クスリとする笑いが彼らの心の支えだ。



元に戻る方法はわからない。
明日、猫に食われて死ぬかもしれない。
水たまりで溺れることなどたやすいことだ。

なので、ふたりはふざけ合って笑う。

ふたりがいれば安心だ。
そう互いが想い合っているが。
この漫画は一巻完結だ。
ちゃんと終わる。
映画のようにちゃんと終わる。



途中、これは作者が違えば
とんでもなく嫌な展開にすることも出来た。
しかしこの作者はちょっぴり優しいので。
この物語はちゃんと終わった。
幸せな物語だったな、と私は思った。









そういえばここのリンク↓キンドルの方にしたほうがよい?それとも紙の方で。

2016年11月21日月曜日

ボーダレス


■なんでしょうね、こういうのに拒否反応を示す人の気持ちって。
相撲で外国人力士が横綱になるのが嫌、と思う人と同じなんでしょうね。

でも、ここで大事なのは
お相撲さん自体はそんなことまったく気にしてないのですよね。
強い奴と戦って勝つ!
それのみです。

ぎゃーぎゃー言っているのは回りのただ見ているだけの人です。
別に自分は相撲取りになったりしない。

■文学のも同じ。
作家は別にそんなこと微塵も思っちゃいない。
むしろボブ・ディランより素晴らしいものを書いてやろうじゃないか!
と心に火を灯していることでしょう。

これまたギャーギャー言っているのは
文学が好きなだけな人
自分で書いたりもしたけれど
諦めて読んで批評する側に回った人。

■そんな人達は所属を「文学」にしたのですね。
そんなグループは別にないのですけど
「俺は文学グループの一員だ!」
と勝手に思っているのですね。

しかしそうすると得をするのです。
誰か作家が賞を取ると
自分のことのように喜べるのです。

私と同じグループのアイツが賞を取った、誇らしい!
って勝手に思うことができるのです。
さらにそんな奴と同じグループの俺も偉いのだ!
圧倒的な勘違いで良い気持ちになれるのです。

■だから違うグループの人が
自分の領域で賞を取られると怒るのです。
自分が良い気持ちになれない!
何の努力もせずにいい気持ちになれないじゃないか!
そう怒り出すのです。

はい、そうです
そもそも
そんなグループは無いよ。

誇りとは
思うものではなく。
誇れることを
実行することですよ。

あなたはただぼんやりと外の世界を眺めているだけの人なのです。


みうらじゅんがボブディランのマニアだというのは常識じゃないのか?^^
 - Togetterまとめ  @togetter_jpさんから

極楽京都日記: オリンピックの応援 


極楽京都日記: 国ってなんだろう? 

2016年11月17日木曜日

【怖い絵】手異人


夏頃、自転車で歩道を走っていると前方に見える街路樹に「手」が見えた。
誰かがもたれかかっていて人の体は向こう側に隠れているのだろうと思った。
しかし、自転車をこぎ出し前に進んでもいっこうにその姿は見えない。
手だけはそこにあるというのにだ。

私は気付く「手だけしかない」

手は人間で言うとヒジまでの長さしかなかった。
ヒジまでの手が街路樹に貼り付いていたのだ。

ギョッとした私に気付いたのか「その手」は振り向いた。
振り向くといってもその木の面に向けていた手の平をこちらに向けたということだ。
その手の平の中心に人間の様な口があり、
なにかをバリバリと食っていた。
口に端にセミの羽が垣間見えた。

私が固まったままでいると、
奴は手の平をくるりと返し。
そのヒジ辺りから生えている馬の様な人間の様な奇妙な小さい二本の足と、
手の平をつかって器用に木の表面を掴みワサワサと登って行った。

呆然とする私だったが恐怖もあり、
その行方を確認することもできずにいた。
何かの見間違いだろうと自分を言い聞かせ、
早々にその場所を去ったのだった。

のちに調べて見ると
そのような目撃例は少ないながらも
全国であるのだという。


極楽京都日記: なんか怖い絵 

極楽京都日記: 怖い絵 

極楽京都日記: なんか怖いヤツ